ピカソ 泣く女 おかしな紙芝居

さあよってらっしゃい!みてらっしゃい!今日のお客さんたちはなんてラッキーなんだ。保証するぜ、世界一の幸せ者だ。なんたって今日は、俺のとっておき、「おかしな画家」の紙芝居を持ってきたんだからな。これが俺の十八番よ、イッチバン面白いやつなんだ。さあさあもっと近くにおよりよ。子供たちは見えるように、もっと前の方に、さあさあ!そこの旦那も。とっても楽しくておかしいお話の始まりだぜ。

昔々あるところに、一人の画家がいた。そいつがどうもおかしななりをしていてね。頭には大きなソンブレロを被り、口には口髭のつもりなのか、パスタをつけていた。ちょうど蝶ネクタイ見たいに、三角形が二つくっついて、外側がびらびらに波を売っているやつさ。一体どういう経緯でそいつがパスタを口の上なんかにつけようと思ったのか、そしてなんでそれが、例えばもっと感触の似ている毛糸だとか、動物の毛だとかではなくて、そのパスタでなくてはならなかったのか、それは誰にもわからなかった。そして着てる服も物はとってもいい、誰もが知っているブランド物のスーツを、なぜか裏っ返しにしてきているんだ。ある時どこかの若者が
「君はなぜ、せっかくそんなに高級なスーツをきているのに、裏っ返なんだい?それじゃ、肝心のブランドのロゴが見えないじゃないか」
すると男は、まるでこの若者が何かとっても馬鹿げたことを言ったみたいに、ぎょっと、その大きな目をさらに大きくしてこう言ったのさ。
「高級だからさ。汚すわけには行かないだろう?内側なら、汚れても、外には見えないからね」
「でも、じゃあ君は一体、いつ外側にしてスーツを着るんだい?」
「自分の家でだよ。大きな鏡の前で取り替えるんだ。これは俺っちのスーツだからな、誰にだって、少しだって、見せてやんねえよ」
またあるときには、あるご婦人が、こう聞いた。
「ねえ、あなたはいつも、晴れている日には傘をさして、雨の日には何にもささないでお出かけになるでしょう?なんでなんですの?普通、逆ではないくて?」
男は答えた。
「だって奥さん、俺たち、晴れなんて、もう散々、見飽きているじゃないですか。いつだっていつだって、晴れ、晴れ、晴れ。もう太陽は見飽きたんです。だから僕は晴れの日に、俺っちの傘で、奴さんをすっぽり隠してやるんだ。お前の顔なんざ、もう見たくねえってな。でもたまーにふる、あの珍しい雨の日にゃ、せっかくの雨粒を避けていたら、もったいないじゃありませんか。だから傘なんて野暮な物、ささないんです。なんせ、この村じゃ、滅多に雨なんて降らないんだから。」
「でもねえ、貴方はそんなふうにいうけれど、この街にだって、雨は降りますよ。何もハワイやカリフォルニアじゃないんだから。梅雨だってありますし、かんばつだって、滅多に起こらないじゃないですか。どこかの国みたいにタンクに雨水をためておかなくてもいいし、そんなに極端に雨が降らない街ってわけではないでしょう?」
ご婦人がこう反論すると、男は今度はむっつりした顔になって、こう言い換えした。
「なんで奥さんは、この世界は晴れている日の方が多くて、雨の日が晴れの日より少ないのが当たり前、みたいなこと言うんです?神様が世界を作ったんですよ?なら、きちんと公平に半分ずつにするべきです。つまりね、今日がもし晴れた日だったら、明日は絶対雨にする、とか。週ごとや、月ごとで変わってもいい。でも、それは半分ずつであるべきなんだ。だってそんなの不公平じゃないか。太陽さんだけたくさん出番があって、雨さんや雲さんはたまにしかお空の劇場に登場しないなんてさ。だから俺は、せめて太陽のやつに「ふん、お前なんか見飽きたよ、珍しくもなんともないね」って、言ってやってるんですよ。さあ、貴方も言っておやりなさい!そうすれば奴さん、きっとしょんぼりして退場して、もっとたくさん、雨さんや、雲さんの出番が来るはずですから」
と、こんな調子なんですわ。おかげでこの男、街のみんなからは「おかしな画家さん」、なんてあだ名で呼ばれてる。
それでもたまに、彼の家にお客が訪ねてくる事があるんでさ。なんせ変わった画家だから、きっとその芸術の腕は天下一品なんだろうって思う連中がさ。だから美人でいいとこのお嬢さんとか、お金をうんと持っている商人のおじさんなんかが、たまあに彼の家の扉を叩く。そうそう、家って言っても、彼が住んでいるのは街から離れた森の中。しかもなんと木の上なんだ。まるでリスや小鳥みたいにそこに自分の家ーーこれは巣と言っても差し支えがないだろうねえ、なんせそいつのアトリエ兼自宅はもう、ヒッチャカメッチャカに散らかっていて足の踏み場もないんだ。まだ、動物の作る巣の方がきちんと整頓されているね。
しかも、なんでその画家が、わざわざそんな木の上に住んでいるかって言うとさ、税金がかからないっていうんだ。
「ここの領主様は、土地の広さごとに税金を課しているんだろう。ところがどっこい俺っちは「土地」なんてひとっかけらも持ってねえよ。これじゃ、払いたくても、税金なんて払えないね」
そう言って得意になって、金色の歯をむき出しにして、笑うんだ。本当に、めっぽう変わってるね、この絵描きは。
とにかく、そうして絵を書いて欲しい人が、一生懸命木を登って、その家に着く。そして扉を叩くと中からひょっこり、彼が顔を出すはずさ。彼は大体晴れの日は、家にいるんだ。さっきも言ったみたいに彼は晴れの日に心底うんざりしているからね。逆に雨の日に訪ねちゃ、ダメだよ。雨の日は傘をささずに森の中や、街中を一日中だって、歩き回るからさ。なんならスキップしたり、ときにはホッピングなんかもやったりする。あのバネのついた子供用のおもちゃではねながら
「雨雨降れ降れもっと降れ、雨がふりゃふりゃ心が跳ねる。心がはねりゃ、世界も跳ねる」
なんて歌をしゃがれた声でずーっと歌ってやがるんだ。
それで肝心の部屋なんだけどさ、まるで100人の山賊がそこで歌って踊ってのてんやわんやの宴をしたのかっていうくらい散らかっているんだ。絵具やらキャンパスやらが床にゴロゴロしてるし、もちろん絵具の中身は散らかり放題。それに絵とは全く関係のないガラクタが、部屋のあちこちに山積みになってるんだ。タイヤのない自転車とか、もう鳴らなくなった笛とか、ぼろっちいぬいぐるみとか、たくさんのネジとか、外国のお金とか、一体どこから持ってきたのか、この辺りには海もないのに、どこかの海岸の砂の入った大きな瓶とか、そんな物さ。そしてもし、作品を書いている途中で足りない色があったら、奴さん、そのガラクタの山から探さなくちゃならないんだ。でも不思議と、いつだってすぐに見つかるのさ。色がなくなって、町まで買いに出かけなくちゃならいことには絶対ならないんだ。
「必要なのは、いつだって俺っちのアトリエの中にある」
それがその画家の口癖だ。
あるとき掃除好きなお嬢さんが人が、人物画を頼みにその家に来たときに、あまりに汚かったんで、お掃除しましょうかって言って彼のガラクタの山に触れたんだ。その途端、彼は急に血相変えて怒ってさ。ここじゃとても言えない汚らしい言葉を散々その可哀想な女の子の前で散々吠えた後、ヒョイっとその子を家の外に出して、ピシャリと扉を閉めてしまったらしいんだ。可哀想にその子、一目散に家に飛んで帰って、それから二度と、森には近づけなくなったそうだよ。
さあさあ、みなさん。もうそろそろ、そんな風変わりな画家さんが、一体どんな絵を描くか知りたくてうずうずしてきたろう?こんなに変わり者の画家だったら、さぞかし素晴らしい、壮大で、偉大で、迫力のある絵ができることだろう。
うんうん、わざわざ彼の元を訪れた人たちは、みんなそう思ったわけさ。それだから、遠路遥々街から遠いこんな森の中に来て、高い高い梯子を登って。こんな、ゴミ置き場みたいなアトリエで、何時間も何時間も彼の前で大人しく、座り心地の決して良くない椅子に、お尻を痛くしながら座ってたんだからね。
「さ、お客さん、出来ましたよ」
そう言って画伯が見せた絵が、こいつさ。

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な?ぶったまげるだろう?なんだいこいつは?まるで幼稚園児が、園の工作の時間に、色紙をめちゃくちゃに貼り合わせたみたいじゃないか。なんてちんぷんかんぷんな色だろう。それに顔のパーツの配置もめちゃくちゃだ。まるでこの女は鏡の中に住んでいて、うっかり誰かが石をぶつけてその顔を割ってしまったみたいじゃないか。しかも顔色がーーどこからどこまでを顔と許容するのか難しいところだがーーなんだか不健康そうな、まるで昼間食べたボロネーゼのパスタでお腹を壊してトイレに閉じこもっている可哀想な女の顔だった。
モデルの女性はこれを見て、あまりの醜さに泣き出してしまった。でもそれはごもっともだった。なんせ彼女は、村一番の美女で、今度結婚して新居を構えるのにその絵を、客間の一番目立つところに飾ってみんなに自分の美しさを、見せつけるつもりだったんだから。
女は金を返せと迫ったけど、男は頑として聞かなかった。
「俺っちは芸術家さ。あんたは芸術家の俺に金を払って絵を描かせた。俺っちの芸術が理解できないのは、そりゃ、あんたの問題だ。俺っちのじゃあ、ない」
女は顔を真っ赤にして、それこそ彼の描いた絵のように、目や、口や、鼻がひん曲がって、そっくりになっちまった。
それからその女は、その美貌に似合わず、神様も耳を塞ぎたくなるような言葉で彼を罵り、出ていっちまった。
「なあんだ。やっぱり俺っちはすばらし画家さ。お嬢ちゃんの今の顔、俺の描いた絵にそっくりだったぜ」
画家は一人、誰もいないアトリエで呟いた。


そうそう、この話にはもう一つ面白い余談があってさ。
ある男が彼のところに、絵を頼みにいったんだ。失礼を承知でいうけどさ、その男っていうのが、もう、目も当てられないほどの醜男なんだよ。髪はハリネズミの背中みたいに剛毛で、鼻は熟したトマトみたいに真っ赤で大きくて、肌は使い古されて日焼けしたレンガみたいに赤黒く、目は窪んでいて、瞳は淀んだ灰色で、まるでその日の天気みたいに曇ってやがった。口は大きく、歯はガタガタで黄ばんでいた。
そんな男を、この素晴らしい画家さまは、どう描いたと思う?
なんと、うんと美青年に描いたのさ。どこかの国の王子様っていうくらいにね。清潔感があって、気品に溢れてて、顔の線とっても優美だった。
男はそれを見ると、飛び上がるほど喜んで、何度も何度も画家と握手を交わした。
「いやあ、あんたは全く、素晴らしい画家だ。見てみろこの出来栄え。上出来じゃないか、まさに神の如しだね」
そうしてその素敵な王子様は、その絵を何に使ったと思う?
自分の見合い用の自画像にしたのさ。
もちろん相手の女の子は、彼に会った途端、気絶して、病院に運ばれちまったってよ。